2009年07月23日

石川五右衛門

石川や浜の真砂はつきるとも世に盗人の種はつくまじ

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posted by いしょともゆいごんとも at 16:13| 石川五右衛門 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

カート・コバーン 遺書

もう長い間、音楽を聴くるのにも創るのにも興奮を覚えない。
言葉にならない罪を感じる。楽屋にる時に会場の照明が落ち、群衆の熱狂する声が聞こえても、俺には伝わらない。フレディ・マーキュリーはそれを愛し、楽しんでいたらしいけど・・・
俺はその点で彼を尊敬し、羨まく思っていた。

そう、俺は誰ひとり騙すわけにはいかない・・。
お互いにとってフェアじゃない。この思いを誤魔化し、自分が100%楽しんでいるようなフリをする事は、考え得る最悪の犯罪・・。

ステージに上がる時、タイム・カードを押したいように思う事がある。俺と、俺たちが多くの人間に影響を及ぼし、楽しませてきた事実を喜べるように、できる限りの努力はした・・。

思うに俺は、一人でしか物事を楽しめないナルシストなんだ。
感受性が強すぎる。子供の頃の情熱を取り返す為には、もっと鈍感になる必要がある。

最近やった3回のツアーで知り合いやファンの事を、以前よりありがたく思えるようになっていた。それでも、、彼らに同情したり不満や罪悪感を抱かずにはいられなかった。

誰しも長所がある。俺は人を愛しすぎる。愛しすぎるから、あまりに・・情けない・・・・神経質でちっぽけな、鬱陶しくて男らしくない魚座のダメ男に思える。

とてもいい人生、本当にいい人生だ。でも七歳の頃から、俺は人間全般に憎しみを抱いている。俺は単純に人を愛しすぎ、人の気持ちがわかりすぎる。今までに貰った手紙とか思いやりに、苦しいけど腹の底から礼を言う。どうしようもなく変人で気分屋な俺は、情熱を失ってしまった。覚えておいてくれ。

消え去るより、燃え尽きた方がいいんだ。
平和・愛・同情

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